特別になる冬でした。

続きます

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冬の匂いが好き。それは彼女の口癖だった。最初はスルーしていたけれどあまりにも口にするものだからいつかその理由を聞いてみた。「なんか冬って寒くて鼻で匂い嗅ごうとするとツーン!ってなるじゃないっすか、あれが好きなんです。」それは冬の匂いとは言わないのではないか。そんな風に返した気がする。

 

3年後。就職先は既に決まり、僕はおそらく人生最後の冬休みを過ごしていた。ついこないだ買った新作のゲームを夜通しプレイして、外も明るくなってきたのでコーヒーでも買いに行くかとコンビニに向かう最中、自分の口から出る白い息を見てふいに彼女の事を思い出した。「今年の冬ももう終わるな…」僕は吐き出すように出たその言葉をトリガーに、思い出す。そう、ちょうど三年前に彼女と出会い、彼女が消えた季節の事を。

 

あの時間をなんと言い表せばいいのだろうか。彼女と過ごした3ヶ月は別に特別でもなければ、普通でもない。じゃあなんだと聞かれればそれは多分必然だ。必然ってなんだよと思うかもしれないが僕は彼女と過ごした時間をそう捉えるしか出来ないほどに濃い3ヶ月で、僕に必要な時間だったと確信している。当の本人、つまり彼女がどんな人だったかというと、よく意味のわからない、とりとめのない事を話す人だった。

 

突然虚言を言い出したと思えば、一生論争が続く問題を語り始めたり、それに対して僕はいつもスルーを決めていた。今思えばあれはツッコミを入れることでもう少し会話が弾んだはずだと思うが、当時の僕のボキャブラリーじゃ面白い返しなんて出来ないし仕方ないよな、とすぐに自分の感情に折り目を付けた。

 

だけどよく口にするものだから1度だけ聞いてみたことがあった。あれはなんだったかな、どうして聞くなんてしたんだっけ。まぁさしずめどうでもいい事なんだろう。話し合いにおいて質問をしてこなかった僕は彼女の事なんて何も知るはずがなかった。いや、ある程度は知ってる、例えばコーヒーは好きでよく飲んでいたな。

 

片手にコーヒーを持ちながらコンビニを出る。別に面影を感じてる訳じゃない、僕もコーヒーは好きだ、昔からよく飲んでたし。購入したホットコーヒーを少し飲み、ハァーっと溜息をこぼした。次にコーヒーの独特の、まぁほとんどの人からすれば悪臭であろうあの匂いを嗅ぐ。ルーティンって奴だな。僕が匂いを嗅ごうと鼻で息を吸い込んだ次の瞬間コーヒーの匂いと同時に冷気を吸い込んだ。

 

その日は早朝ということもあり外は0度を超えているのを疑う程寒く、僕は鼻だけ凍ったのではないかと変な感覚を味わった。味わうというとまるで楽しんでいるように聞こえるが、まぁ冬の特別感というかそういう物で、不思議と悪い気はしなかった。